日日是研鑽

shigemooによる自己啓発を中心とした書評を綴ったブログです。

心を安らかに保つにはどうすべきか。名取芳彦「気にしない練習」に学ぶ【書評】

こんにちは。shigemooです。

今回は、名取芳彦さんの書かれた「気にしない練習」を解読していきます。

人生は、「いい加減」について教えてくれる先生

日光東照宮にある陽明門では、たくさんある柱の中に一本だけ上下が逆になっているものがあるそうです。

なぜかというと、「きっちりしすぎていると魔物が入る」と言われているから。

きっちりしすぎていると、妙に張りつめていて、少しの衝撃で一気に崩れてしまいそうです。

逆に、ある程度「いい加減」だと強いし、強いからこそ「いい加減」にもなれるのです。

サーカスのピエロはとてもいい加減に見えて、実は多くの経験を積んだものしかなれないといいます。

どんなときにいい加減でよくて、どんなときにいい加減ではいけないのか。

人生は長い時間をかけて、いい加減について教えてくれます。

幸せとは、「あるもの」ではなく「認めるもの」

幸せに実体はありません。

あくまでひとつの状態であり、それを「幸せ」と定義するだけです。

したがって、幸せはやってくるものではなく、認めるものになります。

また、状態なので、自分自身よりも周囲の人の方が良く知っている可能性もあります。

岡目八目です。

それだけ、幸せというのは定義しにくいものなのです。

たくさん失敗した人は、優しくなれる

世の中は、やらないとわからないことばかりです。

やれば失敗して当たり前です。

失敗を恐れていては、何も身につきません。

また、自分自身がたくさん失敗していると、他人に対して寛容になれます。

著者は、「年を取ることは、許せることが増えること」だと言います。

仏さまが「今のあなたでいい」と言っている

「ありのままの自分を認めよう」「あなたはあなたのままでいい」は、仏教語で如実知自心(実の如く自分の心を知る)です。

真実の自分の心は仏と同じく素晴らしいものであることを知りなさい、それが悟りなのだとします。

自分の心が仏と同じだとする心の世界は、理屈で考えても到達できません。

そこで修業が必要になります。

その修行の第一歩が、自分の無明を自覚することです。

そのための短い文章が、懺悔文といいます。

私が昔から造ってきた諸々の悪い行いは

始めもわからぬ以前から、貪りと怒りと愚かさがもとになって

体でやること、口で言う言葉、心で思うことになって表れてしまいます

それらのすべてを、私は今、仏さまの前で自覚します

「ありのままの自分を認めよう」というのは、弱い自分を自覚し、それを何とかしたいと思っている自分を認めようということです。

決して堕落に流れよというわけではないのです。

弱いからこそ、それを自覚して強くなろうとするからいいのです。

無理に白黒つけなくてもいい

世の中には、白黒つけられないものがたくさんあります。

二者択一ができないものもたくさんあります。

しかし、私たちは、考える際の利便性から、二元論に頼ろうとします。

そうではなくて、見方によってはどちらにもなりうる、そういった二元論を越えた境地があるということを知っておくと、心が楽になります。

「今、選んだもの」を将来につなげる生き方

どちらを選ぶか。

その多くに正解はありません。

どちらか一方を選んだら、もう一方を忘れ、「これが自分の選んだ道なのだ」と割り切って進むしかありません。

ただそれだけなのです。

二者択一不可能な問題に対処する際、著者は、とりあえず今でなければ選べない方を選ぶといいます。

時や場所などの状況が限定されていて、あとからでは手遅れにならない方はどちらかを考えるのです。

また、自分の魂にとってよい影響を与えそうな方を選ぶともいいます。

その場しのぎではなく、選んだ価値があると信じる方です。

二者択一不可能な問題は、選択した方を正解として、とりあえず進むしかありません。

選ばなかった方に心を残すのは、選んだ選択肢に失礼ですし、選ばなかったという過去に囚われることにもなります。

今、選んだものを、将来につなげましょう。

【購入はこちら】

まとめ

これまで私は、過去の選択肢を後悔しては悲嘆にくれることの繰り返しでした。

しかし、この本を通じて、過去はそうあるべきだったのだ、今の自分を作るために必要だったのだと割り切ることができそうです。

昔のことは昔のこと、当時は最善の選択をしたのです。

最後までお読みいただきありがとうございました!