日日是研鑽

shigemooによる自己啓発を中心とした書評を綴ったブログです。

保守主義の父,エドマンド・バーク

今回は,保守主義の祖,エドマンド・バークについて考察していく。

保守とは何か

保守の元祖

政治勢力や政治信条の分け方に,「保守」と「革新」,あるいは「保守」と「リベラル」がある。

その保守の元祖と言われているのが,十八世紀イギリスの政治家,エドマンド・バークである。

バークが保守の元祖となったのは,社会を抜本的に変えることに反対したからだ

例えば,フランス革命に対し,「フランス革命の省察」を著して,フランス革命のあり方を激烈に批判している。

フランス革命は,ただ王政を打倒するというものではなく,社会を合理的なものへと抜本的に造り変えようとするラディカルな運動であった。

これに対し,バークは,社会を合理的なものへとラディカルに造り変えること自体に反対し,その理由を著作において語ったのである。

反対の理由

それでは,バークはなぜ,フランス革命のあり方を非難したのだろうか。

理由は次のとおりである。

すなわち,「社会は複雑なものであるのに対して,人間の理性には限界があるから」だ。

つまり,人間は,社会というものを十分に理解していない。

社会だけでなく,一人の人間についてすら十分に知っているとは言えない。

このように,よく分かっていない対象を抜本的に改革したところで,それが成功するはずがないのだ。

バークが革命,抜本的改革に反対したのは,人間の理性が不完全であるという,その一点に尽きるのである。

理性への過大評価

フランス革命の失敗

実際,フランス革命は「自由・平等・博愛」の理想を実現するため,社会を抜本的に変えようとした。

しかし,その結果,政治は不安定化し,社会は大混乱に陥り,最終的にはロベスピエールによる恐怖政治やナポレオンによる侵略などが行われた。

つまり,「自由・平等・博愛」とはおよそかけ離れた正反対の結果をもたらしたのである。

人間が理性で見出した原理に基づいて,社会をゼロから構築しようなどというのは,傲慢極まりないことである。

バークにはそれが分かっていたため,フランス革命の失敗を予見できたのだ。

なぜ失敗するのか

本書では,なぜ抜本的改革が失敗するのか,ということについて「フランス革命の省察」から引用している。

当ブログでも,同部分を引用し,理解を深めることとする。

「人間は食べ物を得る権利がある」とか「人間は医療を受ける権利がある」とか,抽象的に論じて何になる!

重要なのは,食糧や衣料を実際に提供することなのだ。

ここでは哲学の教授連ではなく,農民や医師の手を借りたほうが良いのは明らかだろう。

国家を構築したり,そのシステムを刷新・改革したりする技術は,いわば実験科学であり,「理論上はうまくいくはずだから大丈夫」という類のものではない。

現場の経験をちょっと積んだくらいでもダメである。

政策の真の当否は,やってみればすぐにわかるとはかぎらない。

最初のうちは「百害あって一利なし」としか思えないものが,長期的にはじつに有益な結果をもたらすこともある。

当初の段階における弊害こそ,のちの成功の原点だったということさえありうる。

これとは逆の事態も起こる。

綿密に考案され,当初はちゃんと成果もあがっていた計画が,目も当てられない悲惨な失敗に終わる例は珍しくない。

見過ごしてしまいそうなくらいに小さく,どうでもいいと片づけていた事柄が,往々にして国の盛衰を左右しかねない要因に化けたりするのだ。

政治の技術とは,かように理屈ではどうにもならぬものであり,しかも国の存立と繁栄にかかわっている以上,経験はいくらあっても足りない。

もっとも賢明で鋭敏な人間が,生涯にわたって経験を積んだとしても足りないのである。

だとすれば,長年にわたって機能してきた社会システムを廃止するとか,うまくいく保証のない新しいシステムを導入・構築するとかいう場合は,「石橋を叩いて渡らない」を信条としなければならない。

人間の本性は複雑微妙であり,したがって政治が達成すべき目標もきわめて入り組んでいる。

権力の構造を単純化することは,人間の本性に見合っておらず,社会の在り方としても望ましくない。

(中略)

複雑な体制は,いくつものこみあった目標を満たすように構築されており,したがって個々の目標を達成する度合いにおいては劣る。

だが社会が複雑なものである以上,「多くの目標が不完全に,かつ途切れ途切れに達成される」ほうが,「いくつかの目標は完璧に達成されたが,そのせいで残りの目標は放りっぱなしになったか,むしろ前より後退した」というよりマシなのである。

前例踏襲について

ところで,改革派が嫌いなものに,前例というものがある。

確かに,前例踏襲というのは,無気力な姿勢に映る。

ところがバークは,前例にはない新しいことをやろうとする改革派の方がむしろ安易であるという。

どういうことだろうか。

これは,前例踏襲が「過去の事例を参考に,うまくいっているかどうか計る」ことができるのに対し,抜本的改革は「過去の事例がないため,何が起きても正当化される」からである。

いわば臨床試験を経ていない新薬のようなものであり,「とにかく一度飲んでみよう」と政治改革や革命を行うのは,危険極まりないものなのだ。

エドマンド・バークにおける改革

改革とは何か

このように前例を重視するバークだが,決して頑なに前例を固守し,改革を一切するべきでないと言っているわけでない。

バークは,改革自体を否定しているのではなく,そのやり方について論じているのだ。

それでは,どのように改革すべきなのか。

それは,慎重に少しずつ改善を積み重ねるというものである。

そして,慎重に改善を進める方が,抜本的改革や革命よりも,知恵が必要だという。

それは,人間や社会が複雑微妙であることを理解できる知恵である。

どう考えるべきなのか

社会は複雑なものであるのに対し,人間の理性・能力には限界があって,社会の複雑さを十分に理解することはできない。

ということは,一見無意味に思える既存の精度も,実は我々の理解力が乏しいから無意味に見えるだけであって,実際には重要な機能があるのかもしれない。

したがって,やむを得ず制度に変更を加える場合にも,できるだけ,制度全体を壊さないように慎重に修正した方が良い。

バークは,このように言っているのだ。

国家も,伝統を守りつつ,改革を行うべきである。

そして,この国の伝統を守る姿勢こそが,バークを元祖とする本当の保守なのだ。

まとめ

  • エドマンド・バークは,保守主義の父である
  • 社会は複雑微妙であるのに対し,人間の理性には限界がある
  • 社会を一から改革しようとするのは理性の傲慢である
  • 前例踏襲の方が難しい
  • 伝統を守りながら,漸変的に改革を行うべきである