日日是研鑽

shigemooによる自己啓発を中心とした書評を綴ったブログです。

多数決の裏側

今回は,アレクシス・ド・トクヴィルが指摘した,民主政治の裏側についてまとめていく。

フランスの政治家であるトクヴィルは,独立してから五十年ほどしか経っていないアメリカを視察し,そこで民主政治の恐るべき本質を見抜いた。

そして,その洞察を,「アメリカの民主政治」として出版した。

民主政治における専制政治

アメリカにおける専制政治

トクヴィルは,アメリカにおいて専制政治の存在を指摘した。

なぜだろうか。

しかし,専制政治は民主政治からも生まれるのである。

否,民主政治だからこそ専制政治が生まれるのである。

それは,民主政治の意思決定が,基本的に多数決によるものだからだ。

多数決の特徴

多数派の意見が,少数派の意見よりも優れているとは限らない。

むしろ,正しいことを知っている人物というのは,数が少ない。

しかし,民主政治では,多数派の意見の方が正しいことになっている。

そこには,人々の能力に優劣がなく,平等であるという暗黙の了解がある。

つまり,トクヴィルいわく「知性に適用された平等理論」である。

確かに,人々の知性が平等であるならば,数が多い方が正しいことになる。

多数派の専制的な力

多数決の民主政治では,少数派は多数派の決定に逆らうことはできない。

つまり,全てを決める専制的権力が,多数派に与えられるのである。

トクヴィルは,このような多数派支配の民主政治を「多数者の専制」と呼んだ。

多数者とは,換言すれば「世論」のことである。

世論に左右される政治が,多数者の専制である。

政治が世論に流されて動き出すと,それを止めることは難しくなる。

世論が正しいかどうかなど,もはや関係ないのだ。

全体主義への接続

多数者の専制は,二十世紀になって「全体主義」として知られるようになった。

実際,ドイツのナチズムは,民主的なワイマール共和国から発生したのである。

多数者の専制,全体主義においては,少数派の意見は排除される。

つまり,少数派の言論の自由が侵害されるということだ。

「民主的である」というのは,多数決であるがゆえに,自由には反するのである。

民主政治による専制の特徴

君主による専制政治は,人々を物理的に追い込む。

一方で,民主政治による専制政治は,人々を精神的に追い込む。

物理的な暴力を行使する代わりに,少数派を精神的に追い込むことで,黙らせるのだ

そもそも正しいとは何か

そもそも,正しいとは何なのだろうか。

数が多い方が正しいのだろうか。

この場合,多くの人々が納得できるという意味で,問題はないように思える。

しかし,別の考え方もある。

「正しい」という指標が独立して存在して,私たちはそれを見つけることができるようになっている,という考え方もありえないだろうか。

つまり,純然たる正義というものが存在して,私たちはそれを探し求めるべきだという考え方もないだろうか。

これに一つの答えを出すのが,哲学の営みではないだろうか。

自由とは何か,正義とは何か,・・・。

まとめ

  • 民主政治は,多数決がゆえに専制政治を生み出す
  • 民主政治は,知性の平等が前提となっているが,実際には異なるため,間違った世論が少数派を弾圧することがある
  • 民主的であるとは,自由には反するということでもある
  • 民主政治は,少数派を精神的に追い込むことで黙らせる仕組みである