日日是研鑽

shigemooによる自己啓発を中心とした書評を綴ったブログです。

経済自由主義の限界

中野剛志「奇跡の社会科学」

今回は,カール・ポランニーの論考である「大転換」を参考に,経済自由主義,またそれに連なる新自由主義の限界について考察していく。

経済自由主義の本質

経済自由主義の失敗

経済自由主義とは何なのか。

これは,十九世紀から二十世紀初頭にかけて,イギリス発で世界に広まっていたイデオロギーである。

経済学の標準的な教科書によれば,近代経済学の元祖は,1776年にスコットランドの哲学者であるアダム・スミスが著した「国富論」とされている。

スミスは「国富論」において,「見えざる手」という表現を用いて市場の原理を説き,自由貿易の効用を擁護した

それ以降,スミスの思想は,デイヴィッド・リカードらに受け継がれて発展し,十九世紀イギリスにおける主流の経済思想となった。

これが「自由主義」である。

十九世紀のイギリスというのは,産業革命によって経済や社会が劇的に変貌し,産業資本主義が発展していった時代である。

産業革命は,社会を大きく変えた一方で,深刻な問題ももたらした。

また,産業資本主義による環境破壊も問題となった。

さらに,金融市場というこれまでになかった市場が急速に発達したが,その結果,金融恐慌という新たな現象がしばしば引き起こされるようになった。

このように,経済自由主義は人々の暮らしを豊かにする半面,深刻な事態を巻き起こす元凶でもあったのだ。

問題の本質

これに対して,経済人類学者であるカール・ポランニーが1944年に著した「大転換」という著作が大きなヒントとなっている。

概要を見てみよう。

十九世紀のイギリスでは,労働者の苦境,都市のスラム化や地域社会の荒廃,あるいは環境破壊といった新たな問題が生じた。

その原因は何だったのか。

産業革命によってもたらされた新しい機械や設備が,その原因の一つであることは確かである。

しかし,ポランニーは,機械設備の進歩それ自体というよりは,それがもたらした思想の変化に根本的な原因があると考えた。

「精巧な機械設備がひとたび商業社会で生産に用いられるや,自己調整的市場の観念が必然的に姿を現すということ」が問題だという。

この「自己調整的市場の観念」とは,自由主義が信奉する市場原理のことだ。

そもそも,この市場というのはいつから存在していたのか。

昔からあったが,付随的なものにすぎなかったのだ。

つまり,経済活動は,社会環境や自然環境との調和の中で行われていたのである。

このことをポランニーは,経済活動が環境の中に「埋め込まれている」と表現した。

市場の誕生

かつて人間の経済活動は,本来は,社会環境や自然環境の制約を受け,それらと調和しながら行われていたが,それが産業革命によって一変する。

機械設備による大規模生産が行われるようになったのだ。

大規模な機械設備による生産は,設備の稼働率をできるだけ高くする必要があるため,原材料や労働力といった生産要素を絶え間なく投入し続けなければならなくなった。

そこで,いつでも原材料や労働力が手に入るようなシステムが必要になる。

その求めに応じてできたのが「自己調整的市場」なのである。

しかし,生産要素と言っても,原材料は自然環境の制約を受けるし,労働力は社会環境の制約を受ける。

つまり,もともとこれらは商品として扱えないものなのだ。

しかし,市場を機能させるためには原材料や労働力を商品のように取引できるようにしなければならない。

そのためには,自然環境を破壊したり,人間関係や共同体の破壊が必要になる。

こうして市場は,自らを機能させるために,自然環境や社会環境を破壊し,自然や人間を商品にしていったのである

このようにして自然や社会をすり潰していく市場メカニズムのことを,ポランニーは,「悪魔の碾き臼」と呼んだのである。

また,貨幣も商品化することによって,産業組織をも破壊するようになったという。

つまり,金本位制の下では金が国外に流出することがあり,金が流出するということは,その間国内で貨幣が足りなくなる。

貨幣が不足するとデフレが生じ,これが生産組織を破壊するのだ。

すなわち,デフレで商品価格が下落する一方で,長期契約が中心の企業はコスト削減が行えず,赤字が拡大するということである。

以上のことをまとめると,次のようになる。

すなわち,「産業革命は自己調整的市場が社会全体を支配し,自然,人間,そして貨幣を商品化し,生態系,社会生活そして産業組織を破壊するという前代未聞の世界を作り出した」ということになる。

そして,このような世界を正当化したのが,経済自由主義のイデオロギーだったのだ。

実は,これだけではない。

十九世紀には,市場経済の支配が拡大していく運動と同時に,その反作用として「対抗運動」が生じるという「二重の運動」が起きていたとポランニーは主張する。

社会防衛の原理

具体的には,「社会防衛の原理」である。

これは,「生産組織だけでなく人間と自然の保護をも目指し,市場の有害な働きから最も直接的な影響を被る人々のさまざまな支持に依拠し,保護立法,圧力団体,その他の干渉用具を手段として利用」するという原理だ。

十九世紀の後半には,「経済的自由主義の原理」と「社会防衛の原理」との衝突はさらに危機的なものとなり,階級間闘争,さらには国家間対立へと発展してきた。

そして,市場経済による社会の破壊があまりにも激しくなると,社会はこれに対して自らを防衛しようとし,過剰に結束し,暴走する。

それが全体主義の出現につながったというのだ。

つまり,市場による社会の破壊が進めば進むほど,「対抗運動」,すなわち「社会防衛の原理」に基づく行動が激化して,全体主義が生まれる危険性が高まるのである。

まとめ

  • 全てを市場に委ねる自由主義は,アダム・スミスの「国富論」に由来する
  • 経済自由主義は人々の生活を豊かにした反面,深刻な副作用をも引き起こした
  • 市場は,自らを機能させるために,自然・人間・貨幣を商品化した
  • 十九世紀後半には「経済的自由主義の原理」と「社会防衛の原理」の「二重の運動」が生じた
  • 対抗運動が過激化すると全体主義を生む可能性がある